お正月といえば初詣。皆さんはもうお参りに行かれましたか?
私は毎年、家の近くの伏見稲荷大社へお参りをしています。
正月3が日にお参りするのを初詣というらしいですが、この初詣、現在のような形になったのは結構、最近のことらしいですね。
どうやら、関西私鉄会社の宣伝により、今のような風習になったといわれています。
そういえば、伏見稲荷大社の最寄り駅、伏見稲荷駅がある京阪電車ひとつだけみても、年末近くになると盛んに、テレビやポスター、HPなどで初詣の宣伝をしています。
京阪電車沿線で有名な神社を挙げてみると、平安神宮(三条駅)、八坂神社(四条駅)、伏見稲荷大社(伏見稲荷駅)、岩清水八幡宮(八幡駅)、成田山不動尊(香里園)、大阪天満宮(天満橋)などがあります。
沿線の資源を有効に使い、初詣なるものをイベント化する戦略だったのですね。う〜ん。
さて、伏見稲荷大社ですが、ご存知のとおり「商売の神様」といわれています。
稲荷神は字のごとく、稲の神様、農業神なのですが、どうして商売の神様と言われるのでしょうか?
その稲荷社については、こんな話があります。
元々、稲荷山の麓は藤森神社(伏見稲荷駅から大阪方面へ2駅行った藤森駅の近くにある神社です。)の敷地であったが、山上の稲荷社から、わらの置き場を貸してほしいという申し出があり、それくらいならと、藤森神社は快く承諾したところ、稲荷社はわらを一本づつ、つなぎ合わせて広大な敷地を借り入れ、結果的に藤森神社は現在の場所に追い出された。
というものです。
うちの母は、わらという説でなく、米粒数粒の土地を貸してして欲しいといわれ、承諾すると、その米粒をひとつづつ、大きな間隔を空けて置いていき、広大な敷地とした。と言っていました。
いずれにしても手法は同じですね。
かつては、藤森祭のときに、神輿が稲荷社境内に入り「藤森の土地返せ」と叫ぶ習慣が続いていたとも言われています。(怖い〜)
これが事実であったのかどうかは不明ですが、私の家は稲荷社に近いのに、なぜか氏神は藤森神社ですし、これは稲荷駅のあたりも同様のようです。
常識で考えれば稲荷社の範囲と思われるのですが、このことは、この話があながち、うそでないことを物語っている気がします・・・・
こんな話、現代ではありえない、あれば詐欺と思うような手口ですが、このような巧妙?な一面から「商売の神様」といわれているのでしょうか?
さて、私は稲荷社にお参りするときは最低でも「奥の院」まで行きます。
本殿から、千本鳥居を通り出口の正面にあるのが「奥の院」です。
ここには、社のうしろに後醍醐天皇の歌碑と「重かる石」なるものがあります。
重かる石とは、石灯篭の擬宝珠を持ち上げた時、思っているより軽く上がれば“願いがかなう!”といわれてきているものです。
単純ですが、これがやってみると結構楽しいのです。
ゲーム感覚、といえば少し大げさで、失礼かもしれませんが、さすが「商売の神様」飽きさせない工夫があります。
稲荷社、先の話といい、重かる石といい、かなりの戦略家かもしれませんね。
ところで、今年の私の「重かる石」を持ち上げた印象は・・・・・
想像通りの重さでした。
どれくらいの重さか、もう覚えてしまっているようです。
次は筋力トレーニングでもして挑まないと、軽く感じることはないかもしれません?
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