私の自宅近くにある、スーパーは、お客が多く、よくはやっているように思います。
平日、主婦の買い物客で混雑するのはわかるのですが、私が帰宅する、夜の9時すぎでも、スーパーを出入りするお客の車が結構多いのです。
また、土曜日、日曜日は朝の9時頃からどんどんスーパーへ車が入ってき、夜7時、8時頃でも盛んに出入りしています。
勤め帰りや、行楽の行き帰りに買い物をされるのでしょうか?お勤めの方々の行動パターン等について、調べたことがないので何とも言えませんが、このスーパーは、うまく営業時間を設定しているなと感心します。
ちなみに、夜のお客は、案外男性が多いようで、必要とはいえ、面倒な仕事をご苦労様です。
面倒と言えば、私事ですが、最近、食事に行ってメニューを見るのが億劫になってきました。
特に、どこにでもあるような、特長のない料理がたくさん並んでいると、殊更、面倒に感じます。
誰かと一緒なら、すぐ注文をおまかせしてしまうようになりました。
これはどうしてなのでしょうか?
@ 老化によるもの。 Aどこでもほぼ、同じものが食べられるようになった現在、食そのものに欲求を感じることが少なくなった。
おそらく両方なのでしょう。
今や、食事、特に外食は、会話を楽しむものであったり、空間を楽しむことが重要となり、よほどまずいものでない限り、味は一番の要素ではなくなってきた感じがします。
メニューから探すという行為が面倒な私のような人のために、ランチェスター法則を学び、特長をつくって、メニューを絞り込んで欲しいとわがままなことを思ってしまいます。
考えれば、どんどん面倒に感じることが多くなっています。やはりこれは老化なのでしょうか?(少し心配です・・・・)
もう随分前から、本屋さんもそうです。あのたくさんの本から、自分が買いたい一冊を探すのは今や不可能です。
結局、知人、新聞、ネット等色々なところから入ってきたレビューなどの情報を参考に、ネットで購入するというパターンが多くなっています。
本屋に行くのは、情報収集。今どんなことが世間で起こっているのか?本屋と通して、それを確認しに行っているようなものです。
電車も同じく。ICOCAやPITAPAが便利なのは、切符を買わなくてもいいことですが、運賃額を知っているところなら、切符を買うこと自体は、そんなに面倒を感じないのですが、運賃表を見て、行き先と料金を探すとなると、とたんに面倒に感じます。
どうやら、「探す」ことに関する諸々の機能が衰えている?ような気がします。
今では探しものの多くをネットで、すますことが多くなっているせいでしょうか?
今まで、どの電車に乗るか?時刻表を広げて見ていたのが、パソコンで時刻、運賃、所要時間、乗り継ぎなど、より短い時間で、より多くの情報を手に入れることができるようになりました。
このことを特別なことと思わなくもなりました。
これは、ネットの活用で、行動パターンが変化してきたようにも感じますが、実は、これは価値観自体がジワ〜ッと変化しているのだと思います。この傾向は今後もさらに進むでしょう。
ということは、この変化を意識して、顧客戦略を考える必要がありそうですね。
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